ザザイズム

都内某所に生息する大学生。2016年夏からオランダに半年留学中。

良いカメラが欲しいようで欲しくないようなぼやき

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「良いカメラが欲しい」と、長いこと思い続けてきました。


例えばFacebook
背景にボケがかかった綺麗な写真なんか見ると素直にうらやましく思います。

こればっかりはスマホカメラじゃ絶対再現できないな、と。

例えば星空や夜景。
本当にスマホカメラじゃ魅力が半減どころじゃありません。ぶれないように取るので精一杯。






持ってないけど、うるさいわけ

私は写真に少しばかりうるさいです。
というのも、
画像編集が趣味だからです。
画像編集というとすごくざっくりしていますが、
グラフィックデザインとか、写真のレタッチとか、その周辺のことです。

だから、加工する人目線で見てしまいます。
例えば激しくぶれているとか、白飛びや黒つぶれとか、そういうのがとても気になります。


「この写真使ってポスター作って!」
みたいな依頼を受けたこともあります。
これ、元の写真の質次第で出来が全然変わります。

個人的に私はそういった「見栄えしない」写真をいかに見栄え良く調整するか、というチャレンジは好きです。
好きですが、やっぱりチャレンジした先にあるのは「ないものは作れない」こと。

残念ながら限界があるのです。
私も、ソフトも、魔法使いではないので。
「もったいないな」と何度思ったことか。
「私が撮り直したい」と思ったことが何度あるか。

とはいえ、私も良いカメラをもっているわけではないので、「とてももったいない」を「なんとか使えそう」くらいに引き上げるのが精一杯です。


一時期、カメラをひたすら探しまくった時期もありました。
また優柔不断を発揮して、結局今まで買わないままで今に至るのです。
ですが。


そもそも

そもそもなぜカメラが欲しいのかな?と思い直したのです。



私は空も夜景も「ほんとうに綺麗だな」と思ったときにカメラを向けます。
そして撮影した後、いかに写真がちっぽけなものかと気づくのです。
だから良いカメラが欲しい!それは当然の気持ち。


だけど、その気持ちは良いカメラを持ったとしても変わらないのかもしれない。
むしろもっと悪化するかもしれない。
次々と良いレンズを求め出す、いわゆる「レンズ沼」にはまるとか。


そうやって求め続けた先に、
結局、一番最後に行き着くのは「目」と「記憶」なのかもしれない。


自分の目で見て、記憶して、それが一番良いんだ、って結論。
写真は目で見たってことを思い出す「ふせん」でしかないってこと。
その「ふせん」が、ちょっと記憶に近いか、ちょっと遠いか、そういう差でしかないのかもしれない。




それでも

やっぱり思うことはひとつ。
良いカメラが空から降ってくればいいのになあ。

たとえ「ふせん」だとしても、ちょっといいふせんがほしい。
でも買う勇気のない。
そんな私のぼやき。