ザザイズム

都内某所に生息する大学生。2016年夏からオランダに半年留学中。

大学生でいられるのもあと半年な夜に思うこと。

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大学生でいられるのもあときっかり半年だということに気がついた夜。今月は30日までしかないということに気づいたし、頭がなんだかすごくぐるぐるしているのが延々と続いているという気持ちの内訳を解かずともただ書き並べてみようと、思った。





最近大学に行ってみて、思うのが、
めっきり寂しくなってしまったな、ということ。

数年前はキャンパスをぶらぶら歩き回っていれば友人の1人や2人にはだいたいすれ違えて、立ち話して、なんてことが当たり前のようにあったのに、
今となっては知らない顔ばかりになってしまった。5年目だし、後輩に知り合いがあまり多くないから当然なこと。

こうなるであろうことは以前から予想はついていた。けれど、いざなってみると、それはなんとなくじわりと輪郭のない、自分の中というより斜め後ろ上方くらいに存在するような感覚がする。
それが致命的に寂しいとも思わない、思わないけれど。
寂しいというより、ただそこにあるものとしての空白感。そういう感覚。





学生時代にやり残したことがないように、ってどうすればいいのかな、なんてことを思う。

留学が終わって、体感的に長く苦しい就活をなんとかくぐり抜けて、そのままの勢いで中央アジアに1ヶ月飛んでいって、戻ってきて。あんなに留学や就活や旅行中にも空白でぼんやりと物思う空白の時間があったはずなのに、今回の空白はもっと空白に感じられる。
その空白を埋める手立てはいくらだってある。
一に卒論、二に卒論、三、四がなくて、五にバイト。もしかしたら短期旅行。もっともっと発想を広げれば何かできるようで何もできないような気持ちになる。

なんでもできるようでなんにもできない。そんな気分になることが大学時代にこれまでも何度もあって、それをまた繰り返しているような思いになる。


忙しくしてしまって空白を埋めてしまえば考えないで済むだろうに。

その通りであって、
卒論にガーっと打ち込んで、
卒業旅行計画でもバーっと立てて、
それに必要な予算をチャチャっと計算して、
バイトをガーっとやって、
会いたい人に会いにいって、
行きたい所で行けそうな所にはどんどん行って、
読みたい本を読んで。

それで十分、そうなんじゃないか、そういうものなんじゃないか。





ひとり旅の最中は毎日が決断の連続で、移動という空白の時間だって景色見たり明日の計画立てるのでいつも脳内が忙しかった。
それが帰国したら急に立ち消えた感覚。

それはある種当然としても、もっと深刻なのが、
旅行中なら午前中部屋にこもってゆっくりしてしまってもまぁ午後があるじゃん、1日は意外と長いよね、という気分になれたのに、
今は午前中ごろごろしてしまうと急に罪悪感わいてかえって午後の足取りが重くなるくらいになってしまうってこと。
どうしてこうなったんだろう。旅先と日本と、人が変わってしまうような、旅するたびにそういう気分になる。空白を「まだある」って思うか、「もうない」って思うか。そういう考え方のOSが切り替わってしまうような感覚。

それならば、頑張って、ネガティブに「もう半年しかない」と思わず、「まだ半年ある」と言い聞かせるしかない。卒論とかの計画に関してはもっと短いスパンでいい意味のネガティブにならなきゃだけど、卒業までの期間それ自体には「もう」じゃなくて「まだ」と言い聞かせなきゃならない。





ふと思いついたのが、「定期券内の全ての駅を制覇する」なんてどうだろう。1時間40分の長い長い定期券、数えたら40駅以上の駅で途中下車可能。大学行く回数が減ってしまい、定期券のモトが取れるかやや心配だったしちょうどいい気がする。

旅行中に発動しやすい「なんでも面白がれる力」をもう一回呼び戻して、ひたすら歩き回ってみるのもアリじゃないか、と。


どちらにせよ、あまり今の日常が日常だと思わないほうが良いってこと。それはまさに確定している現実でしかないことなのだし、あえて日常に浸りきるのもわざわざ日常あっての非日常つくりにいくのも今しかできないことなのだし。







何一つまとまりはないけれど、今日はこのくらい。



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