ザザイズム

書くことは命の洗濯。日常で考えたことや国内外旅行記などつづっています。

3年ぶりに海外航空券を買うのが怖すぎた

やっと!トルコの航空券を取りました。本当に怖くて数時間ポチる勇気がまるで出なかった。

3年ぶりの海外航空券。ヤヴァイ価格でした。アブダビ経由トルコ便で18万はちょっと昔じゃ考えられない額。7月に9月の航空券を予約したら10万くらいで済んだという情報を見かけたので、完全に燃油値上がりまくった高値掴みなんだろうと思う。休暇時期を早く確定しようのなかった仕事の都合という悲しみ。それでも今しかなかった。

あまりの勇気の出なさに、なんでこんなに買うのが怖いんだろう?と思い。ポチるのが怖い理由を書き出した。

航空券を買うのが怖い理由

気に入る地なのか不安

トルコ、ずっと行きたかった場所なのは確かなのだけど。一カ国に3週間も滞在するのはこれまでで最長。そんなに長々いて気に入る場所なのかが不安。

調べたところセクハラ、絨毯詐欺、友情詐欺などの気の抜けない感じのトラブルが出てくる。モロッコみたいに警戒心とパワーのいる旅なのかなあ……この3年間で弱っちくなった身が耐えるのだろうか。

オーバーツーリズム的な混雑も不安。現地はすでにコロナ前の水準に戻っているとか。
jp.reuters.com

都市部やド観光地も回りつつ、穏やかそうな小さい町や郊外にも積極的に足を伸ばしたいところ。

コロナ後の情報不足

当然コロナでガイドブック系の更新が絶えまくって情報が少ない。
物価は変動が激しすぎてわけがわからないことになっているみたい。たぶんトルコリラ安インフレに加えて、円安直撃のユーロ建て支払いも入り乱れていて予想以上の出費にならないか不安。

一番新しそうなLonely Planetは買うつもり。でも、これですら古い情報がもう出始めているそうだし、そうなると適宜現地で情報集めるしかない。

久しぶりの海外旅行で感覚がなまっているのに、情報収集もままならないとなると不安が募る。

計画・予約系が間に合うか

ホテル予約近づきすぎてやばい焦る。なんとなく初日の宿をBooking.comで検索したら75%埋まってると表示された。それくらい埋まっていること自体はよくあることだけど。なんなら旅行中は前日や当日に予約していたことは結構あったけれど。でもコロナ後で需要がかなり戻っている中、供給が追いついているのかの不安もある。
10月はバケーションシーズンではないが観光には良いシーズンとのことで。どれくらい悠長に旅してもいいのかがわからない。



それでも航空券を買う理由

「どこか遠くに行きたい」が3年ぶりに実現する

海外旅行が最大の趣味だった。3年間が虚無に浮いて。国内旅行やVRでちょっとずつ埋めてきたけれど、やっぱり海外旅行に代替できるものはそうそうない。特に恋しいのが空気のにおい。肌で感じる気候の違い。VRでも決定的に足りない要素で、ひたすらに恋しい。


旅行に割ける貯金ならある

海外に行かないものだから支出がぐっと減った。二人暮らしもそこまで大幅なコストになっていない。
この数字がちょっと減ったくらいでも困らないはず。少しずつ増える口座を眺めてもただの数字でしかない。使えるときに使うために貯めてきているのだから。使うしか無いと思った。時を金で買うのがほんとうに下手なのだけど。時と経験を買う機会は今こそじゃないかと思う。

もしこれが30万とか50万だったらさすがに怯んでいただろうけれど。でも、過去を思い起こせば、中南米への卒業旅行は国内線込みで21万かかった。その時に比べたら割ける予算はぜんっぜん違う。経由で18万、高いとしか言いようがないけれど、払えるよね?と言われたら払える額だった。行きたい気持ちが勝った。


無計画な旅行がしたい

社会人になって行けた旅行はせいぜい10日間くらいが上限だったから、事前に入念な計画をしていた。今回、3週間もいるとさすがに全部の旅程をガチガチに詰めきるのは無理だろう。

今回は一カ国集中だから旅程は比較的フレキシブルなほうだろう。調べまくるのも大切だけど、少しばかり計画にゆるさを持ちたい。そういう瞬間こそが旅の醍醐味だろう。



人は食べたものの味しかわからない

何度も検索して、ストップオーバーするか、いつを出発帰国日にするか、どのサイトで買うかを幾度となく悩んで。
航空券を買うのが怖い理由と買いたい理由を書き出して。過去の旅行したいしたい言ってるブログ記事を読んで。

そうやってやっと航空券をポチる勇気を得た。

一番の決め手は、やっぱり私は旅のために生きていたんだよな、って思えたこと。

私は旅程というものに並々ならぬ愛がある。出発前に確定しているのはよくて半分。あとは時期、気分、出会い、あらゆる偶然と必然の重ね合わせの総体として勝手に出来上がったもの。大量の可能性の中からたったひとつ選ばれた、他ならない私だけの足跡。定番コースの観光だとしても大体どこかで偶然を入れずにはいられない身。ざっくりとしか行き先を決めず、観光パンフレットには載らない路地を歩くときの没入感。そういう瞬間のために私は生きていたんじゃないか。

自分を幸せにしてあげようという気概がない - ザザイズム


良き偶然も残念な不運もあるかもしれないけれど。気にいるかどうかもわからないけれど。
その全部、行かなければわからないことなのだから。食べたものの味しかわからないのだから。

まずは何を置いてもその地に降り立てれば100点満点なのだと自分に言い聞かせたい。
無事に行けるように心身を整えていかねば。


今日はこのくらい。











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