ザザイズム

書くことは命の洗濯。日常で考えたことや国内外旅行記などつづっています。

増田発の自叙伝『ハッピーエンドは欲しくない』

ハッピーエンドは欲しくない

はてな匿名ダイアリーで話題になった増田の自叙伝エッセイ『ハッピーエンドは欲しくない』を読んだ。
anond.hatelabo.jp

一気に読み終えた。抜群に面白い。90〜00年代ネット文化圏出身、かつひとりバックパッカー人間の私にはめちゃくちゃ刺さった。



全てをひっくり返したい願望

著者と私には共通点が多い。私も90〜00年代初期のインターネット文化にがっつり浸かってきた。著者とは少し年代がずれているだろうけれども、個人サイトやアスキーアートのようなネット文化を小学生時代に通ってきた身であり、思い出の質は大変似通っていた。
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バックパッカー的ひとり旅も好きで。IT業界の片隅で生きているひとりでもあり。さらには知っている本も度々登場する。一九八四年、ハマータウンの野郎ども。

そんな共通点にうなずきながらも、著者はまるで別世界の人生を歩んでいる。

私は仕事をバックれたこともなければ、西成でホームレスをしたこともない。それはぶっ飛んだ遠くの世界の生き方のようで。それでいて、ふしぎと他人事には感じられない。何もかもを突然ひっくり返したくなる思考回路には親近感を抱かざるを得なくて。それを実行するかしないかだけの違いだと思った。私の片隅にある現実逃避願望が完全に爆発していたら、こんな生き方に近かったのかもしれない。

私は根っこでは社会不適合者だと思っている。そんな自分でもとりあえず社会生活を回しているように見えて、実のところギリギリのバランスの上で成り立っている。とんでもない幸運の積み重ねの上にある。そう思っている。ここ数年の幸運のほとんどは、つかもうと思ってつかめるようなものではない。分不相応にさえ思うことがよくある。それらがかえって私のある種の貧乏性を加速させている気がする。つかもうと思ってつかんだものではない幸運でも、与えられたからにはしっかりとつかみ続けなければという気持ちに駆られる。つまるところ今、私は人生に対して保守的である。著者のように、積み上がりかけては壊し、放浪し、また壊し、というようなダイナミックな自由さはない。だからこそバックれては全てひっくり返す生き方がとても痛快だった。海外放浪旅行を決意したこの部分が妙に胸迫った。

最終的に決定打になったのは、自分が何も持っていないという、この状況だった。そうだ、僕は何も持っていない。家族も友も、夢も希望も。だけど、そんな人間だからこそできることがあるんじゃないかと思ったのだ。何も持たないからこそ、どこにだって行けるし、何にだってなれる。

旅行記の冗長さこそ旅行の本質

中間部ではバックパッカー旅行記が克明かつ膨大に記されている。この旅行記が冗長、という感想も見かけた。言われてみればわかるけど、長々と書きつけるその気持ちもめちゃくちゃわかる。海外で受けたカルチャーショックとか、だいたいどこかで見たことあるような文章になってしまうのもわかる。だって、仕方ない。ひとたび海外に出れば、圧倒的な情報量が切れ目なく流れ込んでくる。五感全てが今までいた地との違いを訴えてくる。そんな大量の情報を、その人の五感で受け取り、その人自身の主観をシェイクして考え出したものには、明らかにその人のものが宿る。たとえ結果としてどこかで見たような話になろうとも、その人にとっては代替しえない話である。

私が旅行に出るたび、そんな情報量にふれるたび、その時その場で見たものを克明に残したい気持ちが湧き上がる。けれども、写真だろうと文章だろうと、その場の一番大切な何か、空気感と言えるものは決定的に落ちてしまう。だからこそ埋まらない何かを埋めるべく文章は長くなるし、写真は積み上がる。そんな情動が旅行記のある種の冗長さに現れているような気がする。

だからこそ、共感できる文章がたくさん散りばめられていて。こういう感情を残したかったわ、と思える文章が随所にあって。悔しいほど私と似たような感情が文章化されていて。何度も舌を巻いてばかりだった。

見知らぬ国の、見知らぬ街で、見知らぬ人たちに紛れて、夜の市バスに揺られる。彼らはきっと旅路じゃなくて、いつも通りの通学や通勤、そんないつもの生活の空間に迷いこんだ旅人がいる――それが僕なのだ。なんだか心もとないような、でもワクワクするような、この感覚は、この市バスに乗らなければ、きっと味わえなかっただろう。

人生最高の富

著者は旅先のインドで考え事をする。もし世界一周をするとしたら、多くの資金と時間が必要になる。けれども、それが大した量ではないかもしれない、と思える。

僕がいままでの人生で得てきた技術、知識、経験、それらがあれば、自分の外側には何ひとついらない。それは誰かに盗られることはなく、ある日突然、紙くずになることもない。所属する組織がどうなろうと、国がどうなろうと関係ない。自分の身ひとつで生きていける――そう思えるなら、何かに執着する必要もない。金もいらないし、地位もいらないし、名声もいらない。成功なんてしなくていいし、特別な存在になんてならなくていい。道端の石ころのまま、誰に媚びへつらうことなく、ひとりきりで生きていける。もしかしてこれなのか?いま僕が手にしているもの、これこそが本当の富なのか?

モノよりも経験。形のないもの、経験や知識にこそお金を使いたいと思う。いろんな荒波があっても、生きていけるだけの何かを持っていたい。定期的に出てくる日本出たい願望も同じようなところに端を発しているように思う。
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別に日本を本気で出るかは別にして、そういう選択肢を持てるだけの形のないものが欲しい。そういう感覚を改めて思い出させられた。


個人出版の時代にありがとう

この本はKindle限定本。Kindle Unlimitedの対象でもある。

ハッピーエンドは欲しくない

ハッピーエンドは欲しくない

  • 作者:n
  • 発売日: 2014/03/05
  • メディア: Kindle版
個人出版のしやすい時代だからこそ、こんな本に出会えたのだと思う。すごく文章力があって、読ませる魅力があって、それでいて本屋に並ぶ所が想像できない。草の根インターネットが濃く香り立つ、そんな文章だった。


今日はこのくらい。



◯今日の過去記事◯
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