ザザイズム

書くことは命の洗濯。日常で考えたことや国内外旅行記などつづっています。

物質と宇宙をつくる究極のレシピを求めて『物質は何からできているのか: アップルパイのレシピから素粒子を考えてみた』

物質は何からできているのか アップルパイのレシピから素粒子を考えてみた

『アップルパイをゼロから作りたかったら、まず宇宙を発明しなければなりません』
本書は天文学者・SF作家のカール・セーガンの言葉に始まる。アップルパイは小麦やリンゴといった生命体から成る。生命体は水や炭素から成る。水や炭素は原子から成る。では、原子はどうやってできたのか?……と辿ると、結局は宇宙の起源に行き着く。著者はそんな物質と宇宙の究極のレシピを追い求める。

ざっと眺めただけの印象だと物理学用語が多く読み切れる気がしなかったけれど、杞憂だった。著者のハリー・クリフは博物館のキュレーターや一般人向けの講演経験があり、その語りは軽やか。門外漢の身でもするすると読めた。



物質の構成単位を求める旅

物語は著者がアップルパイを買って燃やす素朴な実験から始まる。燃え跡には炭素の炭と、水素と酸素で成る水が残る。これらの物質は何でできているか?をどんどんとミクロの世界へクローズアップしていく。原子、陽子や電子、クォーク、ヒッグス粒子。科学者たちのドラマティックな研究で、だんだんとより小さな要素が明らかになっていく。

ミクロの世界への旅路には、個性豊かな研究者のエピソードや粒子検出器などの研究所訪問の描写が光る。著者の人間味あふれるユーモラスな語りが目を引く。著者はCERN(欧州原子核研究機構)で研究に携わった経験があり、その実感のこもったジョークにはクスッとさせられた。著者がアメリカの国立研究所を訪問した際、厳重なセキュリティにひやひやさせられたエピソードに添えられたのがこんな一節。

昔はCERNの敷地に入ろうと思ったら、興味がなさそうな顔の守衛に向かって、大型スーパーのテスコの会員証を振り回してみせるだけでよかった。

ってそれっていいのか!?ってついツッコミたくならざるを得ない。そんな著者のブリティッシュ・ジョーク炸裂のおかげで楽しく読めた。




粒子検出器や重力は望遠鏡といった研究施設の描写もワクワクさせられた。実際に画像検索してみるとその壮大さがよくわかる。

The Large Hadron Collider/ATLAS at CERN

途方もなく小さな単位を探究するための巨大な装置を何千という人々の叡智を結集して作り上げ、探究していく。文章で読むだけでも一大スペクタクルだった。




ミクロの世界へとズームインするにつれて、普段の生活から得ている常識的な物質のなふるまいからは考えられないような、突拍子もない現象が次々と明らかにされていく。目に見えるものを構成する粒子たちや、毎秒何百兆と体をすり抜けていく粒子たちの姿がいきいきと描写されていく。私が特にひっくり返ったのが量子場の話。電子や陽子といった粒子といえばふつう、丸っこい粒状の物体を想像する。けれど、実際は量子場とよばれる場の振動なのだと明かされる。

実際には、粒子などというものは存在しないとさえいえる。私たちが知るかぎり、宇宙の構成単位は量子場なのだ。それは見ることも、味わうことも、触れることもできない透明な流体のようなものだが、それでもいたるところに存在していて、人間の存在を支えている最初の原子の奥深くから、宇宙の最果てにまで広がっている。元素でも、原子でも、電子でも、クォークでもなく、量子場こそが物質の本当の材料だ。私たち人間は、とらえどころのない量子場をぱしゃぱしゃとかき回しながら、歩き、話、考えている、消えない小さな振動の集まりだといえる。

電磁波や磁力が振動というのはなんとなくわかる。でも、人間としての私も、目の前にあるキーボードも、ぜんぶ振動なのだと。直感的にイメージされる丸い粒とはぜんぜん違う世界観が提示されて、それが科学理論に立脚しているという事実がエキサイティングだった。



これがアップルパイの究極のレシピだ

本文の末尾に「アップルパイをゼロから作る方法」が載っている。これが予想通り、われわれの知っているレシピとはかけ離れすぎて笑った。

まず調理時間は138億年。材料も一般的な料理本では見たことない単語しか出てこない。

材料
時空 少量
クォーク場 六個
レプトン場 六個
U(1)×SU(2)×SU(3)局所的対称性
ヒッグス場 一個
超対称性 または 余剰空間次元(好みに合わせて)
暗黒物質(店頭では入手不可能)
もしかしたら他にも何か

手順の1文目が「まず、宇宙を発明します」なのがあまりにもロックすぎて笑う。その通りすぎるのだけど。

レシピは読了前と読了後の両方で読んでみた。読み方としておすすめしたい。読了前はまったくチンプンカンプンでわからなかった材料群や手順が、読了後はかなりイメージできるようになるのが楽しい。専門用語が科学者たちの分厚い物語で彩られたような感覚になる。

それでいて、読了前の印象と変わらないのが各手順の途方もなさ。物質の発生までがまずとてつもなく長く、複雑な運としか言いようがない過程で出来上がっている。しかも、本書の射程圏外である生命の発生まで考慮に入れた日にはさらにわけがわからなくなってくるだろう。

少しの運があれば、45億年ほどで、リンゴや木々、牛、小麦、さらに他にいくつかの器用な生命体ができあがっているはずです。うまくいけば、このときまでにスーパーマーケットも自発的に進化しているので、出かけていって、次の材料を買いそろえましょう。

言ってしまえばそうなんだけどさ、どんな少しの運よ!?とツッコまざるをえない。この後にはわれわれのよく知る形式のアップルパイ・レシピが始まる。ビッグバンから生命の誕生の途方もない、レシピというよりは壮大な科学ショーと、われわれの見慣れたレシピ文体にいたるまでのギャップが面白おかしい。

そうやって、改めて究極のレシピを見ると。物質を構成要素に分解していく手法には限界が来るというのはさもありなんと思った。それはどこから来たの?に答えられなくなる時点が来るのだろうと。そもそもこのレシピの料理人って、誰?という問いでもある。科学者に有神論者がそこそこいるらしいのだけど、その感覚がわかる気がする。




イラストでわかる粒子たちが参考資料におすすめ

この本は大変わかりやすく書かれている。数式も特殊相対性理論の有名なE=mc²ともう1つしか出てこない。

ただ、後半素粒子の種類がどんどん増えてくる。関係を覚えきれなかったら、こちらのイラスト解説をチラ見するとよりわかりやすく読めそう。

higgstan.com




まとめ

小さい頃私もCOSMOSという書籍で冒頭のカール・セーガンの言葉を読んだ。この本のサブタイトルを見た瞬間に思い出した。直感的に読むべき本だと思い読んだ。大正解。そこそこのボリュームにも関わらず、夢中で読み切れた。

科学哲学や量子力学に興味がある人や、ふだん見ている世界とは違う世界を覗き見してみたい人におすすめしたい。



今日はこのくらい。




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