プロフィールに載せている「偏愛マップ」を書き直しました。
偏愛マップとは
偏愛マップ―キラいな人がいなくなる コミュニケーション・メソッド
- 作者: 斎藤孝
- 出版社/メーカー: NTT出版
- 発売日: 2004/03/27
- メディア: 単行本
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これをブログ開設初期=2年近く前からプロフィールに載せていたのを書き直しました。
ビフォー。
アフター。
書き直す際に、旧バージョンを参照せずにイチから書き直しました。以前の「人生でやりたいことリスト100」の書き直しと同じ発想で、何もないところからどのくらい変わってどのくらい変わってないのかを測りたかったから。
比較してみたら、微妙な変化がちらほら。
ベルギービールやリコリス菓子やレバーヴルストを偏愛しだしたのは当然留学の影響として。
そのほかの微妙な表記の揺れにもなんとなくその背景が想像つく。
坂の多い街 → 階段の多い町
とか。
これは、2年間で坂と階段も多い町を訪れて、坂より階段を写真で狙いまくってた経験が背景にありそう。シャウエンとか。
逆に、「ユーミン」とか「バンプ」といった表記の仕方が変わらないのはちょっと笑った。「松任谷由実」でもなく、「BUMP OF CHICKEN」でもなく。
4・5年前とくらべてみた
こうして2年ぶんを比較するだけでも面白い。ただ、予想の範囲内の変化だなぁ、と。
じゃあもう少し遡ったらどうだろう、と。思うじゃないですか。
あるんです。
高3と大1のころにも好きなものリストをつくってました。こちらはマップ形ではなく、ただの羅列。
これが、なかなか、恥ずかしくなるくらい、濃い。
恥を偲んで公開してみる。量が多いので読み流してくれてかまわないです。
5年前バージョン
空。ウユニ塩湖。早朝の非現実感。ばむりふ。kiichiさん。haruna808さん。電気羊の夢*1。ノスタルジー。送電線・鉄塔。知らない所。路地裏。細道。坂道。車窓。綺麗な画像。古川P。パステル×茶色。ドット柄。小花柄。Shine*2。Wishful Thinking*3。鎌倉高校前駅。aiさん*4。オルゴール。dot tape dot。タイポグラフィ。サントリーニ島。尾道。ピクトグラム。自分の作った画像。向上。ハピフレ*5。I Am Robot and Proud。空色。ハイネケンP。らくがき。ひなびた駅。夕焼け。朝焼け。流星。プラネタリウム。夜知らず*6。こんぶ。梅干し。干し梅。干しいも。干し柿。
4年前バージョン
The album leaf。ハイネケンP。kiichi。古川P。空。夕焼け。朝焼け。星空。夜知らず。夜景。ウユニ塩湖。サントリーニ島。路地裏。小路。旅。知らないところ。ひなびた無人駅。海の見えるところ。坂道の多い道。情報をただ吸い込むこと。ただぼんやりすること。もふもふしてるもの。二度寝。ナチュラルな感じのもの。ドット柄。茶色系統の色。空色系統の色。空想にふけること。絵未満の落書きをすること。送電線。ちまちましたこと。手芸。マイピクチャに大量に入っている画像の数々。廃墟。工場。描き込みのすごい絵。デザインの素敵な画像。くるくるした模様。円を組み合わせた模様。フォント。ささやかなる日常。水中都市。星のスクリーンセーバーのような深い都市のイメージ。夜のプールのイメージ。人をぼんやり眺めてたりすること。明太子。こんぶあめ。セブンのチョコ。ホワイトチョコ。都こんぶ。画像作成。悩み抜いて出来上がった画像たち。綺麗な絵。チンクエテッレ。尾道。江ノ電。浅草。暗やみの色*7。川沿いをひたすらチャリで走る。現実逃避。ラヴェル。ドビュッシー。郷愁的な何か。旅愁的な何か。過ぎ去ってから恋しくなる季節。猫。ばらの花*8。toe。dot tape dot。相対性理論。久石譲。雑貨屋をぼんやり眺める。青い花柄のチュニック。凝った誕生日メールを作ること。春に変わりかけのあの不安さの混じった風。チャックだらけ筆箱。資料集眺めること。阪急沿線*9。退廃的なもの。穏やか。緩やか。純粋なるもの。きらきらころころした音。
ざっと眺めたただけでも気づくこと。
…………なんか、妙に「ノスタルジー色」が強い。
4年前バージョンのこのあたりとかむずがゆい〜〜〜〜〜。
どうして4、5年でこうも変わった?
4、5年前の怒涛のリストと比べると、新旧偏愛マップはずいぶんフラットで誰にでもわかりやすくなっているなぁと思う。ノスタルジーに走らず、見ればだいたい誰にでもある程度は伝わりそうな空気感。
この差の理由は、単に絵の有無だとか羅列形式だとかそういう問題に留まらないんじゃないか。
「偏愛マップ」は、とてもパブリック。
形がハッキリしていて、人に話すにも躊躇しないもの。そもそもコミュニケーションツールから始まっているから当然。
「Favorite」「好きなもの。」リストは、もっとプライベートで、個人的で、人に話したって通じるかわからないようなもの。
実際こんなふうに公開する前提で「好きなもの。」リストを書いているわけでは全くなかった。
眺めれば眺めるほど、恥ずかしいな……と舌を出してしまうけど、
でも、
むしろ今のわたしに必要なのは、その恥ずかしくなるくらいの「好きなもの。」精神なんじゃないか。
4、5年前に比べてここ最近のわたしは、人にわかりやすく「自分がどういう人か」を示したがるクセがついたような思いがする。
ブログでも留学でも就活でも「自分わかりやすく化計画」をガンガン進行させてきた。その中で自分の「人に伝わりにくそうな部分」「一筋縄じゃ伝わらないけど好きなものに対する感覚」をどんどん捨ててきたんじゃないか。
だって、「星のスクリーンセーバーのような深い都市のイメージ」なんて一発で伝わらないもの。解説すると、昔のWindowsについていたこういう感じの星間飛行スクリーンセーバーをぼーっと眺めていると、サイバーな都市の立ち並ぶ町に落っこちていっているような感覚が昔していた、ということ。
そういう果てしなく個人的な「好き」の感覚を、ここ数年でかなり忘れてしまった。もしくは、そういう感覚を言語化して記憶に留めようという気持ちが薄れてしまった。
もったいないことである。
「わたしの構成要素ってなんぞや」って考えた時、パブリックな「偏愛」だけじゃ片手落ちでしょう。個人的な「好き」だって、立派なわたしの構成要素だよな、と。
わかりやすいことばかり覚えておくよりも、
そういう個人的で、言語化しようにもうまくいかない、感覚に「ふせん」を貼るようなことばにしかならない、
そういう感覚とか、それに対する「好き」という感情とか、そういうものこそしっかり見つめて記録に残しておくべきなんじゃないか。
人のブログを見ていて心に残るのだってそういう話だし、
自分自身も、そういう内面的な話も晒して書いていきたいと思ってブログだって始めたんじゃないか。
そんな思いになりました。
結論にならない結論がでたところで、今日はこのくらい。
◯今日の過去記事◯
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