ザザイズム

書くことは命の洗濯。日常で考えたことや国内外旅行記などつづっています。

ネットとリアルをつなげるとそわそわする

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最近、高校や大学の人に「ブログ読んでるよ!」と言われました。「更新楽しみにしてる」なんて言われるともうありがたい限りです。

その一方で、
そう言われるたびにそわそわと落ち着かなくなる自分がいる。





このブログをはじめるとき、一番悩んだのが「ブログを知り合いに教えるか」。
最初、誰一人として教えず、完全にゼロからブログをはじめるつもりでいました。

ブログを書く大きな目的が、脳内の整理。脳内を整理するためだったら、知り合いに教えたくないようなことも書きたくなるかもしれない。

だとしたらひっそり、誰にも教えず、誰も自分だとはわからないような名前でやるべき。そう思いました。それでブログタイトルと名前をどうするか1ヶ月くらい悩みました。




結局、いわゆる「リアアカ」にあたるTwitterアカウントとブログをつなげて今に至ります。

もしそんなに教えたくない本音があったところで、名前を変えても書きたいか?といわれてもそうでもない気がしてきたのです。ばれるかどうか気にしながら書き続けたくないし、いつかはばれるような気がするし。











こうやって自分で決めたのに。なんでいざ「読んでるよ」と言われるとそわそわするのだろう。


私はもともと、「ネットとリアルは別」主義です。
私にとってネット上の空間はいわば「秘密基地」的な存在でした。以前も少し書きましたが。私は小中学生の頃、ホームページを運営してることは秘密でした。リアバレはしたくなかった。それだけネットのつながりが本当に面白くて。
秘密にすればするほどますます、秘密基地は面白くなるもの。


それが携帯電話が普及しだしたあたりからじわじわ変わっていって。SNSなんてぞくぞくとリアルとネットの境界をぶち壊していって。
今やありとあらゆるものがネットにつながる。だからリアルとネットなんて区分はほんとに薄れてきて。


そんな変化に心のどこかではついていけてなくて、だから「読んでるよ」と言われるとそわそわするんじゃないか。








それに、顔のわかる人に「読まれてる」ってこと。これは、モチベのもとでありがたいことこの上ないこと。
だけど一方では、プレッシャー、ってほどでもないけど、そわそわのもとにもなる。

もともと私は自意識過剰ぎみ。人はそんなに他人のこと気にしてる余裕なんかない、と思っても、またいつの間にか見られてるような気分になる。

書くのに時間がかかる理由はたぶんこれ。書くぞ!って思って、書き出して、手がよく止まる。これ書いていいのかなとか、こう書いたところでどう思われるのかなとか、やっぱりうろうろ考えてしまう。

結果、書きかけはたくさんあるのに、公開まで行きつかない。だから最近更新が不定期になってきてる。









Facebookみたいにリアル向けでもなければ、完全にネット上の秘密基地を築いているわけでもない。
ブログ、果てしなく謎な存在になりました。

どこかでふっと、今のブログを閉じて、まったく新しく匿名ではじめる。
そんな可能性もなきにしもあらず。




でも、書くのをためらうことでも思い切って書いてよかったと思えることって、まだまだあるように思える。




いろいろ考えていくとわからなくなってくけど、

ネットとかリアルとかごちゃごちゃ考えるのも面倒だったら、正直でいるのが一番いい、とも思う。
そのうえで、書きたいときに書きたいことを書きたいだけ。

それ以上でもそれ以下でもないよな、とも思う。


今日はこのくらい。