ザザイズム

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日本の大学生は世界一優秀か? OECD「大卒者が優秀な国ランキング」を検証する

「大学ランキング」といえば毎年のように「日本の凋落」が話題になる。けれどもそれは一面的なのかもしれない。
英BBCによれば、日本の大卒者はOECDの学力テストにおいてトップ。
www.bbc.com
 
本当?と思ったので、調べてみた結果をまとめてみる。



こちらが「OECDによる大卒者の学力ランキング」。
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同記事内で紹介されている「QS世界大学ランキング」。
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両者からはずいぶんと異なる印象を受ける。

世界大学ランキングだと、8位以外はアメリカとイギリスの独占場。しかしOECDのランキングではアメリカ10位・イギリス9位。
世界大学ランキング上位100位のうち、アメリカからは32校がランクインしているのに対し、ニュージーランドは1校しかランクインしていない。しかしOECDのランキングではニュージーランドはアメリカを上回る。



これらの差は何に由来するのか?
BBCの記事では以下のように説明している。

  • 世界大学ランキングは大学の評価や職員数・論文数などに基づく個々の大学に対する指標であるのに対し、OECDのランキングは学力テストの結果で示されたある国の高等教育の水準に対する指標である
  • OECDの学力ランキングは高等教育一般の水準を国際比較する一方、世界大学ランキングは個々の大学の最上位集団に着目している

特にアメリカの大学は上位エリート校と下位校との二極化が激しいと、QS大学ランキングのディレクターが記事中で指摘している。

もしアメリカの全ての大学がランキングで評価されたとしたら、最上位層におけるアメリカの割合の高さと同じくらい、最下位層における割合の高さも明らかになるだろう。

 


OECDの元資料「Education at a Glance」

記事の元となったOECD資料「Education at a Glance」を参照してみる。

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「国際成人力調査」から、読み書き能力の部門において高度なレベル(レベル4・5)に達している人の割合を学歴別に示したもの。
日本は大卒のみならず高卒・中卒の場合も読み書き能力は高い。高卒部門では日本はオランダ、フィンランドに続き3位、中卒の場合は1位。


BBCの記事ではOECDの教育ディレクターによるこんなコメントも載せられている。

高度な読み書き能力を獲得するには、イタリアやスペイン、ギリシャで大学の学位を取るよりも、日本やフィンランド、オランダの高校を卒業したほうが良いのかもしれない。

統計上は確かにそうなのだけど、ちょっと衝撃。




問題点

では、「日本は世界一!」とドヤ顔していいのか?
どのくらい本当なのか調べてみたところ、BBCの記事にも、OECDの元資料にもいくつか問題点がある。

何をもって「優秀」とするか?

BBCの記事タイトルは、「世界で最も学生が賢い国はどこか?(Which country really has the cleverest students?)」

その根拠に使っているのが「国際成人力調査」における「読み書き能力(literacy)」。でもそれだけが「clever」の指標になりうるかといえば不十分ではないか。
数的思考スキルやデータ読解スキルとかそういったものも考慮に入れないと。

と思ったら、「国際成人力調査」はちゃんと「数的思考力」のテストも行っていました。
全体結果としては「数的思考力」でも日本が1位だった。「読み書き能力」の結果と順位はどの国もそう大きく変わらない。こちらの最終学歴別集計データも見てみたかった。


調査参加者に偏りがある可能性

BBCの記事で、「アメリカは大学レベルの二極化が激しいから順位が低くなった」という説明がある。
でも、それっておかしくないか。日本でもFランク大学のレベルが云々って話があるじゃないか。アメリカだと格差がもっと尋常じゃないくらい極端ということ?でもそれだけで日本が1位になるほどの差がつくのか?


そこで参考になるのがこちらの記事。
「国際成人力調査」日本トップは喜べるのか? | 冷泉彰彦 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

言語・数学スキルの低い層は「ITスキルが低くて調査参加が困難」「学歴を聞かれるのが恥ずかしい」といった理由で調査拒否をした結果、テスト参加者が言語・数学スキルの高い層中心に偏っているのかもしれない。
アメリカやイギリスの結果が日本よりも低いのは

数学や言語の基礎能力が非常に低い層でも「恥の概念がないので喜んで調査に協力している」ということ、それ以上にスキルの低い層が「(日本と比較して)コンピュータは立派に使いこなしている」

のが原因ではないかとのこと。


「卒業生の優秀さ」と「現在の大学制度の優秀さ」を同一視している

OECDの資料で使われたのは「現役学生を除く25歳〜63歳」のデータ。

ということは、今現在の教育の成果を直接反映しているわけではない。
年齢層の幅も広い。25歳の受けた教育と、63歳の受けた40年近く前の教育じゃ相当な差があるだろうということは容易に想像つく。

しかも、
「卒業生の優秀さ」の要因は、
「高等教育それ自体の成果」じゃなくて、
「大学入学準備の成果」なのかもしれないし、
「大卒がたまたま言語・数学スキルを卒業後の生活の中でも高めやすかった結果」なのかもしれない。

BBCの記事だと、「卒業生の優秀さ」と「現在の大学制度の優秀さ」との間に単純な因果関係を想定するきらいがある。
もし仮にこの結果が「日本の大学生は世界一」=「日本の大学は世界一」と主張するための材料にされたとしたら?一面的すぎるでしょう。ある一点の視点から切り取ったデータだってことは注意しないといけない。




ランキングをどう解釈すればいいのか

「学力」「評判」といった指標のランキングで難しいのは「数値化」。

国際性や教育の質をどうやって測るか?測れたとして、各項目にどうやって重み付けをするのか?
その加減一つで順位なんていくらでも変わってしまう。順位急落だってありうる。たとえ「前より大学の質が急激に悪くなった」とは限らなくても。
(参考:世界大学ランキングの決まり方:順位は算出方法しだい | nippon.com
ランキングはそういった主観的・流動的な要素を含む。
でも、ランキングっていう形式は、ただそれだけで「権威あるもの」として絶対視される傾向がある。この点には注意する必要がありそう。




その上でこの学力ランキングをどう解釈すべきか?

記事中に提起されていたこの問題。

国は全体の学力を一定水準まで高めるように投資すべきか?それとも少数の世界トップレベル研究機関の育成に注力すべきなのか?

日本の教育は「出る杭を打つ」ようなものだとよく言われる。
ただ、「上に出る杭」だけじゃなく、「下に出る杭」を打って、全体としてのレベルを一定の水準まで引き上げることにも成功しているのかもしれない。この点はもっと評価されてもいいように思う。

じゃあこれからはどうするか。
「下に出る杭」「上に出る杭」を両方打つか?「上に出る杭」を引き抜きにいくか?

ランキングは、こうした問題提起の起点として捉えることができるのでは。




余談ーBBCの記事を見つけたきっかけ

私の留学先、マーストリヒト大学のFacebook公式アカウントがこんな投稿をしていた。

期末試験も目前ですね。ちょっとやる気の出るような(ego boost)話を紹介します!
OECDの「大学卒業生の能力ランキング」で、オランダは日本、フィンランドに続いてなんと第3位にランクインしました!
試験がうまくいきますように。あなたなら出来るよ、頑張って!

日本が1位?
あの教育制度に定評があるフィンランドとオランダを差し置いて1位??
世界大学ランキングを埋めあげるアメリカとイギリスを遥かに超えて1位??
「日本の大学は入学前に勉強を頑張る、外国は入学後に頑張る、だから卒業時には大きな差ができる」と言われるのに、1位????

という疑問が尽きなかったので調べてみた次第。



同時に、こんな記事を大学が試験前の"ego boost"として紹介しているのは面白いなと思う。
ego boostは「自尊心を刺激してやる気を出してくれるようなもの」といったニュアンスの言葉。日本語でぴったり来るような短い訳語がない。

こういった記事を、「3位だよ、私たちすごいよね!」で終わらせず、
「3位なんだから!You can do it !」とフランクな応援の言葉に仕立てる。

それって日本じゃなかなか見ない発想じゃないかなと思った。少なくとも大学公式が発信するメッセージとしては。




というわけで私も期末レポート執筆に戻るので、
今日はこのくらい。




◯今日の過去記事◯
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