ザザイズム

書くことは命の洗濯。日常で考えたことや国内外旅行記などつづっています。

ブログ8周年を迎えた今だから思う、書いていてよかったこと。

ブログ8周年を迎えました。
ここ数年わざわざ周年記念ブログを書くことすら減っていたのだけど。さすがに8年という数字にびっくりしたので少しばかり書いてみる。

雑記ブログとして気づけば8年目

そもそもこのブログを作ったきっかけはオランダ留学が決まった頃、思考整理・記録・共有の場がほしかったこと。

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留学は遠い昔になり、社会人になって書けることが減ってきて。
もう実質旅行ブログなのでは?旅行しないと書くことなくない?と思っていたけれど、あまり関係がなかった。
「雑記」「考えたこと」「ぼやき」というよくわからないカテゴリに当てはまる書きたいことがコンスタントにあって。それでなんとかブログを成り立たせてきた。






文庫本6冊分の日記を書いた2023年

Diaroというアプリで日記を断続的に書いている。ブログと同じ2016年から始めた。
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日記と言っても毎日書くのではなく、思考整理したいこと、記録したいことがあるときにだけ書く。言ってみれば究極のチラシの裏。



去年1年間は個人日記をとてつもなくよく書いた年だった。
文字数をカウントしてみてたらびっくりした。

2023年に書いた字数は72万文字。
Diaroを始めた2016年~2023年までに書いた字数は150万文字。

なんと、6年間かけて書いた文字数=去年の1年間で書いた文字数ということになる。
去年1年間の分量をブログ記事に換算したら200記事以上、文庫本に換算すると6冊分にもなる。



この日記を起点にしたブログ記事もいくつも書いたけれど、その裏にはとんでもない量の文字が眠っていた。ブログ記事にしたいとは思えない文章が大半を占める。

それだけの量をアウトプットしていると、なんでも書きなぐれる個人日記だけで良いんじゃないか?ブログにほんのわずかの上澄みを書くのって何の意味があるんだろう?と思うことも正直あった。
でも、あえてブログを書いて何がよかったか?と改めて考えてみた。


今だからこそブログをやってよかったこと

1. 思考整理がより捗る

個人日記に書きなぐるだけでもだいぶ思考は整理されるのだけど、人に見せることを意識しないがあまりに堂々巡りするときがある。
「外向け」にすこしばかり丁寧に整理する機会は堂々巡りにピリオドを打つよい機会になった。

2. 反応をいただける

たまにコメントをいただけるとうれしい。有益な情報をいただけたり、私だけじゃないんだと勇気づけられたり。SNSを閉じてから反応は見えづらくなったけれど、それでもわざわざ感想をくださったりするとモチベーションになる。

3. 誰か必要としている人に届けられる

開かれた場だからこそ書く気になる文章がある。お役立ち・紹介系記事はその最たるもの。誰に届くかはわからないけれど、誰か一人にでも必要としている人に届けばいいなという思いがある。

4. 一次情報としての生身の言葉をインターネットの片隅に流せる

最近はいにしえのインターネット懐古論をよく目にする。
私も例によって2000年代頃のインターネットにまだあった手触り感が好き。「個人ホムペ」に象徴されるようなあれ。
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だからか、自分もそういった私日記的な雰囲気のある記事を書こうとしている。意識的に書こうとしているわけではなく、いつものトーンで書くと自然にこういう書き方になる。煽るでもなく背伸びするでもない。


7年前の記事にも似たようなことをすでに書いていた。

たとえば、
ニコニコと綺麗な写真で埋め尽くした記事とか、
炎上とか、
「まだ知らないの?」「今さら聞けない!」「必見!」「◯◯じゃダメ!」「衝撃の事実!」「えっ……ホント?」って煽り文とか、

そういうのに通底する
「顔が見えない」感覚。

これ、全方位同じ笑顔でニコニコとした営業マンが口達者に迫ってくる状況に似てませんか。
それは誰だって逃げ出したくなりませんか。

「等身大」の価値を思う。――『「その人にしか書けないこと」が読めるのがブログであって欲しい』を読んで思ったこと - ザザイズム

7年経った今、状況は明らかに悪化している。炎上はますますお金になり、AIがいくらでも文章を作ってくれる。



AIなら「顔が見えない」感覚すら払拭された文章を作ってくれるプロンプトがあるのかもしれないけれど。

それでも、生身の体験からでてきた言葉をつづる、という原始的な営みを私はこれからも続けていくのだと思う。誰かのためというより、自分のために。
旅行にほぼ行かなかった1年ですら文庫本6冊分の量を書けてしまった事実に自分の文章の虫っぷりを改めて思った。「書くことは命のガソリン」とプロフィールに書いているのだけど、ほんとにその通りなのである。

8年目にたどり着いたのは半分惰性だ。でも、それなりに意味のある惰性だったのだと思う。
たぶん、いにしえのインターネットの味方をしているという謎の誇りもある。恥ずかしい話だけど。

これからどこまで続くかわからない、って毎年この時期に言っているような気もするけれど。
ますますカオスを極めるインターネットの片隅で、ほんのわずかばかりの避難所でいられれば何よりの喜びだと思える。



そんなこんなで、8年目のザザイズムもよろしくお願いいたします。


今日はこのくらい。





◯今日の過去記事◯

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