初めて一人旅をしたのは大学1年生、18歳の夏休み。閉塞感から逃避したい衝動に駆られて飛び出した。
予定のよの字もない。免許合宿もなければバイトもない。周りの人々はこの上ない自由を謳歌している中、空虚な時間だけが過ぎていく。
9月も半ば、新学期の始まる寸前。急に我慢ならなくなった。絶対後悔するのがわかっているのなら、なんでこんなふうにしていられるんだろう。そう思った3日後、私は竹芝桟橋から夜行フェリーに飛び乗っていた。
目的地は青ヶ島。
中学の頃から行ってみたかった。行くまでに時間がかかり、天候にも左右される秘境。八丈島を経由しヘリコプターか船で行ける。直前過ぎてヘリの予約は取れず、欠航率の高い船を予約した。
大慌てで宿の手配や荷造りを済ませ、22時半発のフェリーに乗り込む。初めての夜行フェリー。二等室の雑魚寝部屋にはそこそこの人がいた。甲板に出て、東京湾の景色をひとり見つめる。周囲では酒盛りの声がいくつも響く。オレンジや白の光に滲む橋や工場が次から次へと流れ去る。電波は徐々に繋がらなくなっていく。光はいよいよ遠ざかる。周囲は闇に包まれていく。船室に戻って毛布を掴み、横になる。
気づけば朝。最初の寄港地、三宅島に到着していた。噴火のニュースで知る、かの遠い島が目の前にあった。港が離れ、島々を過ぎ去り、八丈島に到着した。すぐに青ヶ島行きの運航状況を調べる。
欠航。覚悟はしていた。台風明けでコンディションは良くないのはわかっていたから。すぐに八丈島旅行に切り替えた。青ヶ島の宿に事情を話してキャンセルし、八丈島の宿を確保した。
かくして私は事前知識ゼロのまま、八丈島で3日間過ごすこととなった。
八丈島に来る人の多くは釣りやダイビングを楽しむ人たち。あるいは車で温泉や山々をめぐる人たち。釣りもダイビングも準備が無く、車の免許もない私。
宿に荷物を置き、自転車を借りる。とりあえず島をぐるぐる回ろう。大した目的も持たずに走り出した。唐突なドラえもんとベティちゃんの壁画。立派なホテルの廃墟。おそらく自生していないであろうヤシの木々。70年代に「日本のハワイ」として新婚旅行で賑わった島の名残が香る。島は起伏が多く、あっという間に息が切れる。
力任せで延々と続く丘への坂道を進む。海の見えるカフェで休憩する。素晴らしい眺めを前に、果てまで流された興奮と不安が入り交じる。再び、自転車を漕ぐ。上まで登ると見晴らしの良い場所がある。そんな曖昧な情報だけ信じて、山登りのような心臓破りの坂を行く。自転車を濃いでは息を切らして降りて押しを繰り返す。頂上ははるか先でも少しずつ近づいている。しかし八丈小島の向こう側に暮れゆく日。夜になっては困る。諦めて、夕日をめがけて一気に坂を降りていった。
ジェットコースターのごとく、ワーワー声を上げながら下っていった。声をいくら上げたって誰も聞かない中、大人気なくひたすらに子供のように駆け下りていった。上りはあんなに苦労したのが信じられないくらい、あっという間だった。
島寿しをいただき、初めてのドミトリーに泊まる。宿泊客の中では私が最年少。私の次に若くて30代の方。次が40代、といった具合。挨拶をする。年齢を言うと驚かれた。
「18歳、ってことはまだお酒も飲めない年齢か」
自然と部屋のテーブルで話に花が咲いた。
中でも印象に残っている会話。
「将来目指していることとかはある?」
正直、私の苦手な質問だった。それがあれば、この夏休みここまで空虚に過ごすこともなかっただろう。いつかは見つける。そんな言葉を昔から繰り返していたのがコンプレックスだった。「まだ決まってないです。これから考えよう考えよう、ってずっと昔から同じこと考えてます」と答える。その言葉は、逆に新鮮に聞こえたようで。
「そう言えるのが若いよね。もう我々は走り出してしまって久しいからねぇ。」
「これからなんでもできるよ」
「若いうちにいろいろやっておいたほうが良いよ。例えばワーホリビザは30までとかあるからね」
お菓子やお酒が飛び交う。足りなくなれば皆で一緒に探しに行く。10歳以上年齢の違う初対面の人たち。まるで昔から友達のように過ごす時間。たったの4日前には想像もしていなかった世界があった。
八丈島2日目。電動自転車で、人気のない道をひたすら巡り歩いた。温泉にも行かず、名のある場所にもほぼ行かず。ただひとりで遠く離れた場所にいる不思議に浸っていた。
その日、ホステルは満室。近くのシングルルームに宿替えした。プライベートな空間でゆっくりとお菓子を食べながら十五夜の満月を見上げた。正直、つまらなかった。昨日の賑やかさを懐かしく思った。
翌朝には帰りの船に乗る。この上なく真っ直ぐな水平線を見つめる。憧れの青ヶ島には行けなかった。けれども、たったの数日前には考えても見なかった世界があった。衝動に駆られて飛び出さなければ手の内になかったものがあった。初めてのひとり旅は、この上なく無計画で、無鉄砲で。決定的に、ひとり旅が好きになった。
そんな思い出話。
今日はこのくらい。
◯今日の過去記事◯