ザザイズム

都内某所に生息するSE5年目。2016年夏〜2017年冬にオランダに半年留学してました。日常で考えたことや旅行記などつづっています。

1年前の自分からの質問に答えてみる #2 変われない自分への言い訳

前回に引き続き、2021年1月の自分からの質問に答えていってみます。
だんだん質問というより赤裸々な自分語りになっていく。

1年前の自分に言いたいこと

1年前の自分に言いたいであろうことってなんでしょうか。予想してみますが。

  • あれ食べておけばよかった
  • 歯をこうしておけばよかった
  • お金使うのに後悔してない、貯められるから
  • 株価はこうだからこうしておけばよかった
  • 体調は相変わらず、スッキリもしないが悪くもない

食べ物、歯の後悔、1年前段階から特に変化ないよ。今現在はあまり制約がない。

お金使うのに後悔は確かにしていないね。でも現在進行系でインテリアとか使いたいところでも使えていないから、1年前の先行き不透明なときなんてなおさら使いづらかったよなあと。
投資はとにかくドル建て資産を全力で買っとけ。

体調はまじで相変わらずですね。視力が落ちたくらいで、健康っちゃ健康である。間違いなくありがたいこと。


10月11月にGoToとかでひとり遊び回ったのは独身の時間の使い方として正解だったなぁと今は思います。1年後の今はどうでしょうか。もっとしておけと思いますか。

別に今でもひとり遊び回ってるよ。北海道だってひとりで行ったし。ホテル安かったのはもっと活用しても良かったんでは?とは思うけれど、あの当時のわたし基準だとだいぶ行ったほうだものねぇ。もう一歩遠出はしても良かったんじゃない、くらいかね。



日常の諸々

改姓には慣れましたか。夫婦別姓法案はあれから進捗ありましたか。さらに結婚した人、周りで増えてたりしますか。結婚報告した感じはどうでしたか。スッキリしましたか。モヤモヤしましたか。恋愛市場から完全に降りられてホッとしてますか。わたしは恋愛市場には向いていないので、それが楽しみなのです。

デュアル名字感がある。どっちで呼ばれてもいいや、って感じ。別姓進捗は悲しいほどにない。結婚した人、Twitterやめたからあまりわからないけれどちらちら聞く。報告はスッキリもモヤモヤもしなかった、ただたんに膨大なやることリストのいち項目として消し込まれた感覚。恋愛市場サヨナラは正直楽です、不向きなのは間違いないから。


クレジットカードはどうしましたか。家族カードとか色々手段が増えて、どうしましたか。マイルは貯まりましたか。マイル失効におびえてはいませんか。今年末こそ来年末のメキシコ航空券にチャレンジしたいものですが。どうですか。

家族カードそろそろ検討したいところだけれど、あまりメリットないかな?電気代系の固定費と、スーパーくらい?でも現金オンリースーパーも結構あるし。家計管理はもう少し効率化したい。
マイル失効はやらかした。去年のクレカポイントだいぶ失効させちゃった。メキシコ航空券は忘れてた。たしか年末年始の日取り悪いんだよね、この先数年。確か。でも一応航空券余ってるかは調べてみるかね。




モヤモヤ系

なにかわたしがいま抱いているモヤモヤ感は晴れましたか。無事結婚できるのか。机の上の微妙な荒れ方、モヤモヤするコンセントの散らかりぶり。ディスプレイの近さ、外付けキーボード使うべきか。断熱の弱い結露の窓。自分のものでない布団でいっぱいのタンス。先の見えない緊急事態宣言。

無事結婚できた。
机はケーブルだらけだけれども荒れたり戻ったりを繰り返しつつ比較的ましなほうに向かっている。コンセントはだいぶまとめて引っ掛かりも減った。
断熱は今でも強くはないけれど、そもそも窓少ないし冬に結露びっしりはなくなった。
そういえば自分の部屋の押入れに自分のものしかない、って、当たり前じゃないんだったね……。
緊急事態宣言は終了しきってほぼコロナ前ですね。

ここにあるモヤモヤは8割方晴れたといってもいいのでは?数少ない進歩。



言い訳の天才、人生リセット願望

このあたりからだんだん質問というより長々とした自分語りになってきます。

わたしはなにかきっかけがないと動かないのです。きっかけがないという言い訳ですべてを流してしまうのです。言い訳の天才になりつつあります。

言い訳の天才。まじでそれはそうかも。デモデモダッテしてたって本当にしょうがない、ってついこの前思っていたことをわざわざブログ書く*1くらいには言い訳グセが根強い。



本当は、願望に気づいて言語化したりさばいたりする天才になりたいのですがね。そのほうが生きにくいのか、生きやすいのか。きっと生きやすいんだろうけれども。
例えば海外移住したいとか、現状の方向性と真っ向から対立するような願望を持ち上げてしまったりしたら取り返しがつかないのでは、とか、そんな無駄なことを思ってしまうのです。

願望を全部垂れ流したら現状のそこそこの生活に絶望しないか、ということはたびたび考えている。自分の気持ちvs今の平穏な生活という。すっごい陳腐でよくある対立。

たぶん一旦願望を洗い出した上で、なんらかの決断を示すことが必要なんだろうな。それが「保留」という決断だったとしても、なんとなく日常を流された先にある保留と、はっきりと決断をした保留とでは全然意味合いが違う。そういう意味では、平穏な生活の範囲でも変えられることはけっこうあるよね。

結局隣の芝生は青いよね、ってこともつい最近考えた*2。ここじゃないどこかで満足するより、今このときで満足したほうが良いんだろうし、そうあるべきなんだろうね。個人最適化としては間違いない。

ただ、それだけでは難しいこともあるし、環境の変化の効果はとてつもない。三大人間を変える方法として「環境を変える、時間配分を変える、人間関係を変える」が言われるだけある。
今ここへの満足と、変化への志向って、どうバランスを取るんだろう?まだ私の中では消化できていない。



わたしはわたしのことをどこかでもっといける、本気出せばいける、けど本気出してないだけ、と思っている節があります。本気出さなくても昨日も今日も生きてきて、変わらぬ社会的立場が続いていく。そんな世界に生きつつあります。もしくは、本気出したいけど本気出しところがわからない、とか、コロナが終わったら、引っ越したら、入籍したら、そんな調子で物事を考えているフシがあります。先延ばしの言い訳の天才。

あ~わかる。この歳になって恥ずかしいけれど、わかる。けれど昨日と同じ自分が今日も明日もあさっても続くならそれが自分の実力かもしれないよね。

でも同時に人生はいつでも変えようと思えば変えられるんじゃない。たいていの変化は手と足と喉を物理的に動かした先にある。意思というより、物理的な結果を生みたいなら物理的な働きかけをしないとわからないよね。掃除とかがその典型。物理的な動でなくて変われるのは瞑想くらいじゃない?

それを実行しようとしないならそれがわたしの本気でしかないかもしれない。でも結局はどっちも自分なのでしょう。いつかの本気だした自分も、いまみたいな怠惰な自分も、どっちも自分で。どっちが本当の自分かと言うことには意味がなくて。たんに自分でしかない。そう認めることからはじめないと。




現実逃避の怠惰

自分は自分だけの人生にあまり期待していない、と大学の頃思っていました。退屈で平和な日々というのは何にも代えがたいものではあると思います。それが今だと思っています。でも退屈しているのは本来あるべきではないという罪悪感も無駄に背負っています。こんなに時間があるのならサブプロジェクトとして個人でなにかすればいいのに。せめて筋トレでもすればいいのに。瞑想ガッツリでもすればいいのに。それをすべて打ち捨てて怠惰というぼんやりという快感を貪るのがやめられないのです。

わかる~!わかっちゃいけないけど。あまりにもわかってしまって悲しい。でも人はそんなに前に前にいこうとする生き物じゃないんだよ。人、じゃないな、私は。

ここではないどこかに意識を飛ばすのが我が本質としてあるのだから、ならばよりましで上質なここではないどこかを探しておくしかないよね。SNSやネットで怨念浴びちゃうより、アナザーワールドにどっぷり浸れるVRや読書のほうがいいよね、とか。勉強もアナザーワールドの機会としてとらえられたらいいのだけど……大学受験時はそうしていたよね。特に世界史とか。怠惰よりも良い選択肢があるということをどうにか怠惰の間に割り込ませるのがまず必要かな……。それが一番むずかしいのだけど。



ぼんやりしているということは今この場ではないどこかに意識を飛ばして生きることです。今この場を生きることを拒否しているのです。今この場はコロナに満ちて入籍までの可能性で現実化していない不安定と見通しのなさに生きるということであり、罪悪感の中に生きるということです。自分はやっぱり自分の人生に期待していないかもしれない。

罪悪感は当時、婚約ブルーで闇を抱えて爆発してしまったときのことだろう。当時の自分に言えることとしては、闇と向き合いきることにも確実に意味があるよ、としか言えないかなあ。時間が解決するというあまりにも陳腐だけど陳腐になるだけの真実のある言葉しか浮かばないな。

自分の人生に期待しなきゃいけない理由もないと思う。べつに自分の人生キラッキラに輝かなきゃいけない義理もないなという感覚もある。かといってキラッキラに憧れないか?手の届かないキラキラには憧れないけど、半端にちょっと手が届く範囲のキラキラが一番刺さるよね。留学決めた時と同じで。現状のモヤ不満をちゃんと解消できている姿に憧れはするなあ。でもそれらの道に進まないのは自分の人生に期待していないからか?単にリスク対リターンのリスク見積りが高いか、自分にできないとハナから選択肢を必死にブロックしているんじゃない。必死な時点で独り相撲だけれど。




ここまで答えてみて

やっぱり具体的な形ある悩みは消えるか、具体的であるからこそちゃんと改善しにいってたんだなと思う。机の使いにくさとか。

後半、同じところで悩みがグルグルして1年半デッドロックしている感じでかなり恥ずかしいなと……。
でも、1年半前の自分から書かれると少しばかり客観的に見ることができる。過去も、今も。それはループから抜ける少しばかりの変化になるかもしれない。

まだあと3分の1くらい自分語りが残っている。心をえぐられつつちょっと頑張って考えてみます。













○今日の過去記事○

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