ザザイズム

都内某所に生息するSE3年目。2016年夏〜2017年冬にオランダに半年留学してました。日常で考えたことや旅行記などつづっています。

10年間続けたSNSを全部やめた理由

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最近、SNSをやめた。TwitterとInstagramのアカウントをすべて削除した。Facebookは連携ログインの都合上残さざるをえなかったけど、SNSとしては使っていない。

Twitterを初めてからは10年以上。SNSを見ない日は数えるほど。そこまでどっぷりと浸かっていたのに、なんで急に消そうと思い立ったのか。

一言で言えば「人生に合わなくなった」から。




直接のきっかけは、自分の悪口ツイートが親しい人を傷つけてしまったこと。深夜よく回らない頭で悪口にほかならないつぶやきを漏らしてしまった。恥ずかしい話。翌朝にはすぐ消したけれども、バッチリ傷つけてしまった。とてつもなく後悔した。なんでこんなことをしてしまったのだろうか、ひたすらその理由を考え続けた。

ひとつの理由は、私がSNSを通じて精神を荒らしたことだった。

ここ1年くらい、ずっと、精神がそこはかとなく荒れていた。コロナで世の中とSNS全体がピリピリし。最大の趣味である旅行が奪われ。せっかく婚約したというのに、無駄に不安な気持ちをこじらせ。でも、劇的には酷くはない、もっと大変な人がいる、そう思って自分が荒んでいる事実から目を反らしていた。

そんな不安定な時期に、SNSは劇薬だった。




最近、「スマホ脳」という本を読んだ。

スマホ脳(新潮新書)

スマホ脳(新潮新書)

スマホやSNSがいかに人の脳をハッキングしているのか、その影響を語った本。特に印象に残ったのが以下の部分。

70件近くの研究をまとめると、SNSは精神面に悪い影響を及ぼすが、平均すると影響は小さいということがわかった。しかし、あくまでも平均の話だ。SNSを頻繁に利用することで精神状態が悪化するリスクのある人もいる。神経質で、常に不安を抱えている人たちだ。
(中略)
それ(SNS)以外の場所で他の人からしっかり支えられている人は、SNSを社交生活をさらに引き立てる手段、友人や知人と連絡を保つための手段として利用している。そうした人たちの多くは、良い影響を受ける。対して、社交生活の代わりにSNSを利用する人たちは、精神状態を悪くする。

SNSは良い現実をさらにますます充実したものにできる。一方、現実に不安を抱いていればますます不安になる。私はまさしく後者だった。しかも、コロナ禍で現実の社交を充実させるのは難しい今。ますます危険度は高まる。



私がTwitterを始めたのは高校生の頃。学生時代、SNSは現実の補助でしかなかった。高校や大学の友人ばかりとつながり、学校に行けば顔を合わせて交流できる人がメイン。皆だいたい横並びの人生を送り、他人と比較してどうこうというのも起こりにくい。高校時代に限ればそもそもスマホが普及しておらず、今ほどSNSにいつでもアクセスできるような状態ではなかった。

ひるがえって今。SNSを開けば、バラバラの道を歩む人々が集まり、脈絡のない世界が広がっている。キラキラした写真から、目をそらしたくなるようなきついニュースまで。

私は、目の前の人生が上手くいっていないような感覚がしていた。コロナのせいにするだけでは言い訳できないようなぼんやりとした焦りと苦しさに包まれていた。そんな私に、比較と、ネガティブな情報が、日々少しずつ訴えかけてきた。幸せな他人と自分とを比較して落ち込む。ネガティブなニュースに対してストレスを感じる。それらは本当に無意識で、気づかないくらいの感情の動きだった。けれども、確実に私を蝕んでいた。自分が自分の人生を生きていなかった。「こんな状況になったのは◯◯のせいだ」という被害者意識に囚われてしまった。

その挙げ句、人の好意を踏みにじるような悪口をSNSの海に落としてしまった。





もちろん、全面的にSNSのせいにはできない。最終的に悪口にほかならない言葉を吐いたのは私の選択だった。

この10年、SNSにはたくさんお世話になった。SNSでしかできない出会いが幾度もあった。人、情報、物、SNSを通じて出会えたものは数え切れない。人の旅行写真を見てはるか遠くに思い馳せるような時間も大好きだった。

でも、それでも、ネガティブな側面があまりにも大きくなりすぎた。ポジティブな側面を圧倒的に凌駕していた。

私はここ数年間、SNSから距離を置いたり戻って浸ったりを繰り返していた。そして、離れていた時のほうが幸せだった。例外なく。

それでも結局続けていたのは、私の意思である。と同時に、SNSがそうやって人を縛り付ける仕組みになっているのである。シリコンバレーの頭脳が塊になって人の承認欲やネガティブなニュースに敏感になる本能やありとあらゆる人間の本能を徹底的にハックする仕組みを作り上げているのである。その仕組みは10年の間でますます洗練されてしまった。凡人の私のひ弱な「離れたほうが幸せだろうな」くらいの思いなんて一撃で打ち倒されるのである。アプリを削除しようが、何度ログアウトしようが、気づいたら戻っていたのである。



SNSは「ほどほど」に使えば良いものなのだろう。でも私には、「ほどほど」にうまく付き合っていく自信はもうない。この精神不安定になりやすい時期に巧妙な仕組みをくぐり抜けて、「ほどほど」の距離感を取り続けていけるだろうか?私には無理だ。ならば、「0か1か」しかないと思った。きっぱりSNSをやめるか、性格を悪くしながらどっぷり浸かり続けるか。答えは簡単に出た。自分の人生の貴重な時間を差し出し、幸福度を落としてまで続ける価値はもはやない。だからアカウントをすべて削除した。



それに、消したからといって何もかも消えるわけではない。後押しになったのは、アーカイブのダウンロード機能。2018年頃から各SNSで提供され始めた新しい機能。

help.twitter.com

10年分のライフログがすべて消えてしまうわけではない。ならば、ますます躊躇する理由はないと思った。



でも、いざ消すとなると惜しくなった。10年続けたアカウント、ブログ用のアカウント、情報収集としてとても助かったアカウント。たくさんの出会い。つながり。削除するのには相当の勇気が要った。削除ボタンを押してからは、30日間はアカウント復活できる誘惑に釣られないか、不安に思った。

それから2週間。やめて良いことばかりだった。アカウントを復活させようとも思っていない。どれだけ良いことがあったかは、また別の記事に書こうと思う。





SNSを通じて交流してくださった方々、突然消えた無礼をお詫びさせてください。ブログの更新情報を見てくださっていた方々にはご不便をおかけし申し訳ありません。今までありがとうございました。

SNSからは消えましたが、ざざいずみとしての私はひとまずこのブログには存在している予定です。もしよろしければ、今後ともよろしくお願いします。












◯今日の過去記事◯

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