ザザイズム

都内某所に生息するSE5年目。日常で考えたことや旅行記などつづっています。

旅とお金と時間とを天秤にかけるべきか

旅行にかけるお金をどう考えればよいのだろう。トルコから帰って、台湾旅行計画を前に再び考えあぐねている。
航空券を検索せどもおトクとは感じられず。マイルにしたって燃油サーチャージが航空券並みにかかるからメリットがない。

なんでこんなにコロナ前の相場に縛り付けられているのだろう。もはや幻想でしかないし、上がったといっても払える範囲の金額を惜しむのにどれほどの意味があるのだろう。

そんな自分のケチくささと改めて向き合っている。

体験はお金に換算できない

トルコ旅行時はちょうど為替が最高値を付けていた。いまトルコに行けば何もかも10%は安く買える。滞在費から計算すると27000円もの損になる。
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2ヶ月の差で失わなくてもいいお金が無為に消えた。そう思いたくなる。でも、その10%は他でもない10月にしか取れなかった3週間という破格の休みをフルでトルコに突っ込むための手数料だったともいえる。

トルコ旅行が総額45万かかったという数字はいつ見てもすごいなと思う。でも、支払った価値はあったか?と言われたら。そりゃもう、めちゃくちゃあったと断言できる。帰国してからも旅は終わっていない。2ヶ月経っても写真を眺め文章を仕立て、お土産を眺めて使い。何度も何度も思い出として思い起こしまくっている。

その総額が45万円が今なら2万7千円引き、コロナ前なら下手したら5万引き。そう考えると我がケチ根性はもったいない高いと叫びたくなる。一方で、それでも私のすでに支払った額はあの日々にあまりにも十二分に見合うものだったと思える。わたしの旅行では、あれ以上の節約は実現しない夢物語だった。大切なのは、どれだけ自分の手元にお金が残ったかではない。どれだけ経験が残ったか、でしかない。



「有限なのはお金ではなく時間」

旅とお金の考え方については、辺境さんのnoteの考え方に感銘を受けた。

辺境の地で濃い時間を過ごすと、ビザに入場料に移動に食事に体験に、あらゆる散財をするため、お金はかかり貯金は減る一方である。しかしそこで得ることができる効用(物理的な達成感と、セレンデピティのような知識と経験がつながって一気に視界が開ける精神的充足感)の前では、そこで減った貯金など取るに足らないし比較の俎上にも上がらない。帰国してまた働いて貯金をすればいいだけだ。
期限のない早足の旅と文章考|辺境|note

確かに、その通りだと思った。体験の価値はお金で計れない。比較の俎上に上げようがない。少なくとも、総額が40万円か45万円かぐらいは、誤差でしかないと思うくらいには。

でも、わたしは辺境さんほどハッキリと割り切れていない。お金より時間、お金より経験、と断言しきれていない。

金銭観
・金銭は自由度を決定する重要な要素であるがそれ以上でもない
・ある程度の金銭(フローではなくストック)があれば自由はできる
・人生の中で有限なものは時間であって決してお金ではない
・意思決定はお金を片方の天秤でした瞬間に間違える
京都移住完了報告|辺境|note

なるほどそうだと頷けるのだけど。そうはいっても、お金は有限では?と貧乏性のわたしは思ってしまう。時間の有限さを舐めているのだと思う。自分がどんな状況であれどお金は調達できるだろうという自分への信頼感も欠けているのかもしれない。

わたしの貯金だけ見れば世界一周もできるであろう額はある。台湾旅行を予算面で諦める理由はどこにもないはずなのに。なぜこんなに腰が重いのだろう?




漠然とした将来の不安のために溜め込みたい?

……少なくとも私の希望するような旅行を一通り実現しても困るような額ではない。それすら惜しいくらい本気で困るような状況がもしあるとしたら、その状況を改善できるようなパワーが旅行費程度のお金にあると思えない。



浮いたお金があれば他の旅行に充てられる?

……浮くといっても基本稼いだほうが早いくらいのお金しか浮かないんではなかろうか。



いつかもう少し安くマシになる時が来ると思ってしまう?コロナ前の価格をアンカーとして今の価格を不満に思ってしまう?

……安くなる時に行ける良いタイミングが来るとは限らない。トルコはたしかに10%安く滞在できるようになったけれど、わたしのしてきた体験は揺るがしようのない価値あるもので、その価格差に比べたら些末なものである。そもそも10%引きなんてのは夢物語なのである。社会人である限りは、時間をお金で買うマインドはまったく正しい。しかも世界は基本的にインフレしているから、安くなるほうにベットするのは分が悪い賭けである。早く行けばその後の人生ずっと思い出して楽しめる。台湾は情勢的にしばらく行けなくなる可能性がそれなりにある。



旅行に行くまでに費やす準備の労力と時間が大変?
……これ、わりとあるかもしれない。良き旅行体験のために旅行前の時間をいかに投資するか。旅前の時間 vs 旅中の時間の悩み。

台北だけぶらつくならたぶん宿さえ確保していればどうとでもなる。台東でツーリングしたいとなると事前準備が増えてくる。台湾用の翻訳免許証作成、鉄道の手配、レンタルバイク探し、バイク用装備品の検討、現地の交通規則の確認、などなど。お金どうこうというより、調査と決断を何度も繰り返していくプロセスになかなか緊張感を抱いてしまう。お金で解決できるかもしれないけれど、基本的には時間と労力の必要な話。楽しくもあるけれど、優柔不断の民としては悩ましすぎてしんどくなったりトラベルブルーを発症したりするやつ。





やっぱり、お金 vs 得られる体験の価値、ではなく、時間 vs 得られる体験の価値で考えるべきなのだろう。トルコ3週間は3週間ないとできない旅をしたと言えるし、単なる時間の数字以上にあまりにも価値のある体験だった。2ヶ月経ってもまだまだ思い返して発見のある旅行ってわりと珍しいと思う。

同様に、準備時間 vs 得られる体験の価値で考えるべきなのだろう。トルコ旅行だって準備期間も短くて悩ましくて頭が爆発しそうだったけれど、行ってみるとなんとでもなるし、現地で方向修正できる範囲はぜんぜんある。最低限の手配さえあればどうにかなることが多いし、そのくらいの手配は20数カ国行った経験からすれば難しいものではまったくない。台湾ツーリング自体はコロナ前からずっと気になっていたのだし、体験として面白そうなのは間違いない。

残るは合理的判断で割り切っていない心の問題だなぁ。本当にこの条件で行きたい?っていう動機。そもそも行きたいエリアに対して漠然としたイメージしかないから、もう少し調べてから決断するべきか。しかも中国観光の開放でコロナ関連動向がまた怪しくなりそうで不安が募る。


悩みは尽きないところで、今日はこのくらい。



○今日の過去記事○

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